許永中と石橋産業 その8

そのための譲渡契約書が大阪市中央区の田中森一弁護士の事務所で作成されました。

 

この場には、許永中にキョートファイナンスの湊和一社長、同川辺莞二専務、後日詐欺事件で逮捕されることになる許永中の秘書役の一人、尾崎稔・葡萄亭ワインセラー取締役などが同席しました。

 

 

この譲渡契約書類は、田中弁護士が「預かる」ということになりましたが、その預かり証は出されませんでした。

 

 

新井組株1120万株買収資金として、石橋産業が裏書きした130億8450万円と72億4950万円の2通、計203億3400万円のロイヤル社振り出しの、支払期日は白地の約束手形が作成されました。

 

 

こうしてのちに許永中やこの時の田中森一弁護士が東京地検特捜部に逮捕されることになった石橋産業巨額手形詐欺事件がスタートしました。

 

 

まず60億円と引き換えに石橋産業株14万2650株と許被告が別に保有していたという新井組株225万株が60億円の担保として石橋産業側に渡されました。

 

 

石橋産業株を取り戻せたことで、すっかり許永中を信用するようになりました。

そこへ

「この金をワシの指示に従って軍資金として使って欲しいんですワ。例えば、先生方に金を持って行けという時には、ま、ワシは一回に最低2000万~3000万は用意するようにしてますので、その時はそうしてください」

 

と言って、スーツケースに入った現金10億円を出してきました。

 

許永中流の買収作戦だったのですが、ど肝を抜かれた石橋社長らは逆にいっそうのめり込むようになりました。

 

そして今度は林氏が社長に就任することになっていたキョートファイナンスの資産乗っ取り計画でした。

 

そのスキームを作った井手野下氏の説明を、大阪市北区神山町許永中のビルで聞く事になりました。

 

ここで井手野下氏は許永中と林社長に4枚のコピーを渡しそこに書かれたスキームを説明しました。

 

その説明では許永中はキョートファイナンス社から借金をしているため、800億円はあると常日ごろ口にしている同社の資産にはさわることはできないので、社会的に信用がある石橋産業グループをバックにしたロイヤル社の林社長がキョートファイナンス社の社長に就任。

 

その上で林社長がキョートファイナンス社に融資している各金融機関と交渉し、貸付先からの取り立てが難しいことを強調。

 

その際、マスコミにキョートファイナンス社の貸付債権の明細をリークして、内容の悪さをアピールすることや、スキームに反対する銀行が出ればそこには借り入れに相応する金額の貸付債権を引き取ってもらうことにし、それも会津小鉄会の高山会長関連の東亜企画の債権をぶつければ、その銀行は悲鳴をあげる、という方法をとることを井出野下氏が提案。

 

こうして、銀行団がキョートファイナンス社への融資総額約1500億円のうち2割、300億円の返済で、残り2200億円の債権を放棄させ同社を休眠状態に持ち込み、最後は破産に持ち込めば許永中の担保物件の大半は取り戻すことができるという計画でした。

スキームづくりをした井手野下氏は、かつてノンバンクの日本モーゲージの社長として同社にあった許永中の債権百数十億円を会社清算で整理した実績がありました。

 

 

説明を受けた許永中は、上機嫌で

「さすが、井手野下さんや。これをしっかりやり遂げてもろうたら、石橋さんも新井組のオーナーになれるし、ワシも自分の財産が天下晴れて戻って来ることになるので助かりますワ。全部終わったらこの資産で大阪オリンピックやらワシらの夢やった日本一の美術館作りを実現せなあきませんなー。そやそや、早いとこ林さんに新井組の筆頭株主になってもらうようにせなアカン。段取りや、段取りや!」

と言いました。

 

許永中にすっかり取り込まれた林社長は、許永中の指示でロイヤル社の大阪支店を許永中のビルである大阪市北区神山町の「第十一コスモビル」2階に開設。

 

さらに、東京都港区元赤坂の安藤元赤坂ビル6階に石橋社長と許永中が会うためのオフィスということで事務所を開設しました。

 

この2店舗の経費は月約1000万円以上ですべてロイヤル社の負担でした。

 

 

スポンサーリンク

 

許永中と石橋産業 その1

許永中と石橋産業 その2

許永中と石橋産業 その3

許永中と石橋産業 その4

許永中と石橋産業 その5

許永中と石橋産業 その6

許永中と石橋産業 その7