許永中と石橋産業 その17

 

山段氏は、「石橋さんとワシが手を握っていることがわかるハズや」と、

自ら会長を務める損害保険代理業キョート・ファンドや「京都自治経済協議会」が入っている京都市中京区の通称山段ビルに、石橋産業の看板を出すことをすすめました。

この席で、山段氏はキョート社やセンチュリー滋賀が石橋産業のものになることを前提に、

「京都新聞も石橋さんのものにしたらええがな。新聞社のオーナーと言うのは実質なろう思うても、簡単にはなれるものと違いまっせ。

キョートファイナンスの借金は林さんが整理してくれたらええんや。

京信の件は井上理事長がワシのことを誤解してもうて、

アホやからごちゃごちゃ騒いどるようやが、こヤツは許せんのでこれからワシが反撃しょうと思うてまんのや。

とにかく石橋さん、永中のことはワシが守ってやるさかい心配いらんで」

 

97年に入って、山段ビルのフロアーを借り受け、石橋産業の看板が出されました。

 

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ところが2月下旬、山段氏推薦の弁護士たちが、突然顧問辞任を申し出ることになり石橋社長らは山段氏から離れていくことになりました。

 

96年いよいよ資金繰りに詰まっていた許永中は

「石橋の財務内容調べたんやが、ホンマに金ないな。頭に来るで」

「ウダウダぬかしとんやったら150億作って、元にもどそうやないか」

などと林社長に言うようになってきました。

 

不信と恐怖を覚えた林社長は、今度は「許永中はワシに頭が上がらんのやから何も心配いらんで」

と、ことあるごとに言っていた田中森一弁護士に相談することにしました。

 

「永中が拘置所にいた時、ワシに面会を求めて来たんやがそれはある人に頼んでワシに言うて来たんや。

ここから出してくれたらワシは先生を一生の恩人にする。

先生頼むからワシの兄弟になってくれ!言うて涙をポロポロ流しながら頼んできたもんや。

そやから許永中はワシにだけは頭が上がらんのや」

 

とも明かしていた同弁護士は、

「よっしや、心配すんな」

と、引き受けました。

 

その直後、許永中から「先生から話は聞いたがナ」と林社長のもとに電話が入りました。

 

それは、許永中が石橋産業に100億円渡す代わりに石橋の信用力で儲けさせてもらいたいというものでした。

 

石橋の名前を使って株取引するいわゆる一任勘定ということになります。

 

林社長は許永中の申し出を石橋社長に相談。

 

田中弁護士と相談してからということになり、大阪入りした林社長と田中弁護士が会談し「安心してまかせろ」ということになりました。

 

96年2月15日大阪市北区のホテル阪急インターナショナルのスイートルームに許永中、田中弁護士、石橋社長、林社長の4人が集まりました。

 

ここで許永中は石橋産業の運営を自分にまかせれば、儲けてその中から100億円を石橋産業側に渡す。

別に石橋産業グループで必要としない会社を許永中に譲ること。

さらに「石橋産業さんはワシが入り込んだら、一時期泥まみれになる可能性がある」

と言って石橋氏は石橋産業社長を退任し、新社長を選任する必要があると提案しました。

 

新社長には石橋産業の専務が就任することで話がまとまり、翌11月16日ホテル阪急で会議がおこなわれ、許永中側には井手野下氏、側近の尾崎稔、田中久則両会社役員など新たに加わり、石橋産業側には新社長に予定していた専務が加わりました。

石橋産業専務は

「突然の呼び出しで、何がなんだかわからずに来ました。

石橋産業の社員は石橋浩社長あっての社員ですし、とてもお受けすることはできません」

 

と、新社長への就任を拒否しました。

 

この唐突な社長就任要請に驚いた専務は、こう言って林社長に詰め寄りました。

「林さん、一体どうなっているんだ。石橋社長は一体何を考えているんだ。
社長になるくらいなら会社を辞めますよ」

 

その後石橋社長と林社長は帝国ホテル東京の許事務所に呼び出され、許永中、田中弁護士の4人で会合を持ちました。

つづく

 

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許永中と石橋産業 その1

許永中と石橋産業 その2

許永中と石橋産業 その3

許永中と石橋産業 その4

許永中と石橋産業 その5

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許永中と石橋産業 その12

許永中と石橋産業 その13

許永中と石橋産業 その14

許永中と石橋産業 その15

許永中と石橋産業 その16

許永中と石橋産業 その16

この質問にたいして田中弁護士は「私が全部預かっている」と返事しました。

そして正式の譲渡契約書を作成し、届けると表明。

後日、新井組株985万株の記番号の入った合意書が作成されました。

しかし、筆頭株主になるべくの肝心の新井組株は手に入らず、言われるがままに振り出した石橋産業裏書きのロイヤル社の約203億円の約束手形の行方にも不安を抱いたままキョートファイナンス社の社長に就任した林社長は、

「この春から石橋は許永中に85億円も出しているが、担保に受け取った新井組株もほとんど残っていない」と、山段芳春氏に相談をしました。

これに山段氏は「その話は聞かんかったことにしとくわ。

このままでは許永中に、石橋さんもアンタも踏みつぶされてしまうで。

許永中には前から言ってあったんやが、保釈中やしパチンコ屋でもやっておとなしゅうするように言うてあるんや。

それに、今公判の弁護士を引き受けてもろうとる吉永透先生には、許永中は本当に面倒見てもろうとるはずや。

そんなことまたやっとると、吉永先生に判ったら、先生はえらい怒りはるで。今先生に見放されたら永中も終わりや」

さらに以前、許永中がキョート社の「金の卵」と言った滋賀県のゴルフ場センチュリー滋賀に移ると「このゴルフ場は良いゴルフ場やし、理事長は京信の井上達也理事長なんやが、こやつが今ワシの言うことを聞かんとアホなことばかり言うとんのや。

そやから石橋さんに買うてもらおうと思うとんのや。

安うに買うて再開発したらええがな。

これはキョートファイナンスに金出しとる銀行団も知っとる物件なんやが、石橋さんが買うのやったら文句は言わんやろうし」

と言いました。

 

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これに対し林社長が「許永中は自分のものだと言っていましたが」

と答えると、山段芳春氏は「そんなアホな!」

「新井組の株式はあいつにやったもんやから自由にさしとるだけや」と言って、許永中が新井組株を手に入れる経緯について説明しました。

それは京都銀行の株式が暴力団の手に入ったことを契機にして、京銀側で買い戻しにかかったところ、許永中が出現。

地元京都の暴力団会津小鉄会なども間に入り、最終的には敵側にいた許永中が山段氏側に寝返り、それで京銀株が戻ったということでした。

その際、京銀株に新井組株が付帯してきました。

キョート社が許永中に融資して、1120万株までになった・・というものでした。

山段氏は、「よっしや、石橋さんに言うといてーな、ワシが何とか守ったるから」

そのことがあって京都入りした石橋社長と林社長は、山段氏と会談。

ここで、山段氏は許永中から石橋産業を守る方法として、許永中のイトマン事件弁護団長だった吉永透弁護士から許永中に言わせることが一番いい方法だとアドバイス。

それにはキョート社の弁護士からそのことを吉永弁護士に伝えるやり方がよく、それをスムーズにすすめるには各弁護士に石橋産業の顧問に就任してもらい、その声かけを元大阪高検・検事長の富田正典弁護士にやってもらうことがベストなどと提案しました。

その上で、山段氏主宰の「三樹会」に入会し、石橋社長は常任顧問、林社長は常任理事になるようすすめました。

山段氏によると、その「三樹会」は、京都銀行の頭取をはじめ、京都財界のお歴々、警察本部長クラスのOB、検察庁OB、弁護士などが参加した一流の会で、石橋産業を守る富田弁護士はその最長老だということでした。

 

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許永中と石橋産業 その1

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許永中と石橋産業 その15

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林社長がキョート・ファイナンスの社長に就任すした96年10月下旬、林社長は帝国ホテル東京の許永中事務所に呼び出されました。

 

そこに許永中と田中弁護士がいました。

 

2人は林社長の前で

「ゼニ急がなアカンで。

サンロイヤル(兵庫県のゴルフ場)のこと含めて大ぶんつまってきとるしな」

「分かってまんがな。石橋さんの会社の財務調べたらほんまにゼニないようやし、さっぱりですワ」

 

資金繰りが詰まっていることを言い出しました。

 

 

田中弁護士が、「山段が今度はきっちり落とせるような段取りの手形の金額にして日付もはっきりさせてくれ言うとった」と話をしたのを受け、許永中が「理事長ですか、許永中です」と、京都の山段芳春氏に電話。

 

「こうなったらワシが金作って手形落とすようにしますワ」などと山段氏に釈明。

 

 

そうして、林社長に「聞いての通りや」と言って、またまた石橋産業裏書きのロイヤル社の手形の切り替えを要求しました。

 

林社長は言われるがままに、手形を3通、額面15億円を2枚、149億1750万円に書き換えたものに変更。

 

以前田中森一弁護士事務所で振り出したした2通の手形と交換しました。

 

その林社長がキョートファイナンスの社長に就任したのは、10月28日、京都グランドホテルで開かれた同社の臨時役員会でした。

 

出席者は、キョート社側は山段会長、湊社長、川辺専務、田中治巳専務、安川良子女史、ロイヤル社側は林社長ら3人。

 

その他、田中森一、吉永透(元京都地検検事正) など5人の弁護士、そして許被告の側近の一人、葡萄亭ワインセラー尾崎稔取締役も出席していました。

 

役員会の後、出席した弁護士の一人から当時のキョート社の唯一の資産だった新井組株の行方について質問が出ました。

 

つづく

 

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