榊原グランドホテルに関連した暴力団を逮捕

また従業員の間で労働組合が結成され、遅れた給料の支給や病院の今後の方針をどうするのか説明を経営者側に求めました。

 

 

この段階で負債は50億円以上、所有する不動産にはすでに大阪府民信用組合など多数の金融機関が根抵当権を設定していました。

 

 

大阪府民信用組合は、理事長がオーナーの大田ハル氏に次ぐ二番目の大口出資者となっていたのですが、ホテルの監査役が約束手形を取り立てに回したことから不渡り処分になったのでした。

 

 

このため国税局の参加差押に加え、例の暴力団事始キャンセル問題や社長のホテル軟禁事件がマスコミに報道され、旅行代理店からのキャンセルが相次いだのです。

 

 

そうこうしていうちにホテルには前代表取締役の大田欣功氏やゴールデン開発社の石丸節子社長、山口組系暴力団幹部らが乗り込んできてホテルを占拠、そしてホテルは大阪地裁によって破産が宣告されたのですが、乱発された手形について決定を不服として大阪高裁に破産の取り消しの抗告を申し立てました。

 

 

 

その理由として・・

 

 

●ハル氏の五男である義治氏の自己破産の申し立ては、その資格がなく無効である。

 

 

●破産宣告当時の榊原グランドホテルの代表取締役は、大田欣功氏であり南勲氏はそれ以前に代表取締役役員を辞任、ホテルを代表する資格を持った人物ではなく破産決定の手続きに瑕疵があった。

 

 

記者会見で、大田前社長側は山口組関係者によるゴルフ場用地地上げ資金名目でのホテルの手形約11億円乱発問題について、「南前社長がやったもの。いったんホテルをつぶして、安く営業譲渡するつもりだったのではないか。『グレース観光』は乗っ取り会社。南前社長の告発も考えている。「ゴールデン開発」の石丸節子社長にには、再建に協力してもらっている。」と、南前社長側を激しく非難する一方、ゴールデン社の石丸社長には謝意を示しました。

 

 

榊原グランドホテルは所有動産の差し押さえ執行、ホテルは閉鎖

 

 

 

その後榊原グランドホテルの株主総会議事録が偽造され、虚偽の法人登記をしたとして、「ゴールデン開発」の石丸節子社長の自宅や大阪市内の山口組系臥龍会本部事務所などが家宅捜索されました。

 

 

大田前社長側が破産宣告無効の抗告申立の理由にあげた南勲社長の辞任は、株主総会議事録偽造だったというのです。

 

 

また「みのり会病院」の医師、看護婦など職員への給与未払い問題が表面化したことについて三重県医務課が不明朗な病院の経理状況について病院側から聞き取り調査した結果、病院の土地建物を担保に、「大阪府民信用組合」から借りた12億円のうち7億円が使途不明金になっていました。

 

 

この問題で、丸岡理事長は同日「経営危機の責任は、病院から資金を持ち出した南勲事務長にある」と、病院事務長職の解雇を表明、南事務長は診療報酬を担保にしてお金を借りるなど経営悪化の責任があるとして丸岡理事長から背任容疑で三重県の津地検に告訴されていました。

 

 

みのり会病院も倒産

 

 

みのり会病院は乗っ取りグループの新田修士被告が接近し、融資話を持ち込んだり手形を乱発したりしていましたが、丸岡理事長自身新田被告の紹介でみのり会病院の理事長になったといわれていました。

 

 

この新田グループは東京の金融ブローカーの畑隆が主宰するOCFグループで、名前が病院の新しい出資者として候補になったものの話はまとまらず結局2回目の不渡りを出し、倒産となりました。

 

 

そしてその半年後、山口組事始式キャンセル問題で、料金を支払わなかったとして、大阪府警捜査四課は山口組系黒誠会系赤心会々長の高木康清容疑者を逮捕、さらに榊原グランドホテル社長が泊まっていたホテルに押しかけ、500万円を脅し取ったとして、山口組系臥龍会内鷹竜会の高聖効会長を恐喝容疑で逮捕。

 

 

ホテルは紆余曲折を経て現在は宗教施設となっています。

 

 

高聖効は現在健心連合会の幹部で近年は生活保護費をだまし取ったとして逮捕された

 

 

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榊原グランドホテル経営権をめぐって混沌の戦い

しかし、計画は大幅に遅れてオープンに漕ぎ付いたのは94年になってからでした。

またその隣に予定していた会員制高級スポーツクラブも資金が足りずに中止となりました。

 

これらは専務、元韓国人ダンサー、榊原グランドホテルの支配人が実質運営していましたが

大田専務が、韓国へ多額のお金を送金したとして外為法違反で逮捕されてしまったのです。

 

 

この原資には、大阪府民信用組合からの借り入れ金が充てられていましたが、不動産購入資金名目で約4億円が、三重県の第三銀行から韓国へ送金されていました。

この結果、榊原グランドホテルの経営はは急速に傾いていったのですが、大田専務が元韓国人ダンサーヘの入れ込んでいることや土地を勝手に担保に入れたとして、大田ハル社長は専務を三重県警に告訴したのです。

 

 

結局は不渡りを出してしまい「大阪府民信用組合」 が、「榊原グランドホテル」 の競売を申し立てました。

 

このため代表取締役社長は欣功氏から南勲氏に交代しました。

 

ところがその翌日、ハル氏側の五男・義治氏が、大阪地裁に同ホテルの破産を申し立ててしまったのです。

 

債権者集会が開かれ、「榊原グランドホテル」は債務処理だけを行う会社とし、「榊原グレース観光」というホテル業務を継続する新会社の設立を宣言しました。

 

「榊原グレース観光」は、筆頭株主である大阪市内の「叶」という不動産会社が事実上経営していて、榊原グランドホテルの財産差し押さえ回避を図るためとされていました。

この段階でホテルの経営権をめぐって、現社長派と前社長派、創業者のハル元社長派も加わって混沌の戦いとなっていました。

 

そこへ前回の記事にも書きました山口組の事始め式キャンセル問題、南社長の軟禁事件が起こったのでした。

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榊原グランドホテル、資金はイトマン事件の舞台になった信用組合

買収後、全面的改築を施してゴルフ客や企業と提携して榊原温泉郷のなかで五本の指に入るくらいまで成長しました。

 

 

83年には、今まで別のところで運営していた病院をホテルの横に移設して、医療法人・榊原みのり会病院や、老人保健施設「榊原ケアセンター」を併設しました。

 

 

しかし、兄弟間の財産争い、経営権争いが絶えず、そのうち内紛が高じて、とうとう事業そのものがバブル期に破綻してしまいました。

 

 

この時期ホテル経営は三男で専務取締役の欣功氏が握っていましたが、87年ごろからホテルとは別に、ゴルフ場やレジャーランド、会員制スポーツクラブなど新規事業に乗り出しました。

 

 

資金は、「大阪府民信用組合」が出すことになりました。

 

この大阪府民信用組合はのちにイトマン事件の舞台の一つになつたところのひとつです。

 

 

そして総額250億円の融資計画といわれたゴルフ場は95年オープン予定ですすめられました。

 

 

しかし91年イトマン事件がおこり、「大阪府民信用組合」の融資は理事長が特別背任容疑で逮捕されてしまい、開発は頓挫してしまったのです。

 

 

つづく

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