末野興産その1

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末野興産といえば、かつては「どこにでもある天祥ビル」というネオンと共に、ミナミの繁華街をはじめ本当にあちらこちらにありました。

 

私が20代のころ、同じ年代の同業者と飲みに行ったときなど「いつかは、あないなろうや」と誓い合った記憶があります。

 

当時はそのからくりなど知るよしもなく、表面だけを見て夢を抱いたものでした。

 

その天下の末野興産に捜査のメスが入ったのが平成8年のころ。

 

最近キタの堂山町をウロウロしていましたら今現在もその遺構が残っていました。

 

S資金といわれ、「借りたら返すな」の金銭哲学。

 

住専5社から、2367億円を引っ張ってきて子会社に貸付金として分散。

 

その無法ぶりがまかり通ってきた背景には「暴力団」 「解放同盟」 「国税OB」の影がありました。

 

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さきほど、私が20代のころ、ミナミやキタに飲みに行ったとき本当にどこにでも「末野興産」と書かれたビルがボンボン林立していて、その中身も知らず「いつかは、あないなろうや」と同業仲間と誓い合った、というお話をしました。

 

ちょうど、そんな頃、平成7年頃だったと思いますがアイドル西村知美を起用したコマーシャルを頻繁に流していた木津信用組合が破たん。

 

直接のきっかけが386億円の預金を引き出した末野興産にあると、翌年強制捜査が入りました。

 

そのころ、マスコミが住専問題を取り上げ、国民の税金をつぎ込む、という話に展開していったので世論の追求が厳しくなって来た時でした。

 

その恰好の標的となったのが、関西ではその頭文字を取ってFOKAS(フォーカス)といわれた不動産会社でした。

 

Fは富士住建

Oはオギサカ

Kは川辺物産

Aは朝日住建

Sは末野興産

 

で、ちなみに、関東では

 

AIDS(エイズ)で

Aは麻布建物

Iはイ・アイ・イ インターナショナル

Dは第一不動産

Sは秀和

その他にも

 

MARUKO

箕輪不動産

MDI

で3M(スリーエム)

などがやり玉に挙がっていました。

 

本当はもっと沢山ありましたが特に上の会社はマスコミから突き上げられていました。

 

特に、その会社の代表者が「バブル紳士」として、派手に豪遊している記事などが目立っていましたね。

 

その末野社長は、というと鹿児島県出身、大阪此花区四貫島で育ち、兄の土木建設会社「末野組」に参画。

 

代表になってから、大阪万博の好景気の波に乗って、業容を拡大したとされていました。

つづく

 

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