青い目から見た日本の不良債権問題 その1

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『日本の暴力団は不良債権を買う米国投資家に狙いをつけた』

 

フィナンシャル・タイムズはこんな見出しで日本の不良債権問題を報じました。

 

その一例として、外資系銀行の支社長宅近くで起きた不審火があり、この支社長は不審火騒ぎの直後に交代しましたが、これをきっかけに日本法人代表の自宅公表を控えるところが多くなりました。

 

「数千億の金ならすぐに用意できる。できるだけ多くの債権を買いたいので、まとめて用意してほしい」

 

外資系の不動産買い付け担当者が、日本の大手都市銀行を中心に訪ね歩く姿が目立つようになったのは、平成9年3月ごろからだったといわれ、銀行やノンバンクの不良債権問題が脚光を浴び、不良債権の圧縮が待ったなしの課題となるなか、先を競うように米国の投資銀行系などの投資家が銀行を回りました。

 

1990年代初めに不良債権問題が深刻化した米国でも、こうした投資集団は「ハゲタカファンド」といって不良債権を買い漁っていました。

 

彼らの狙いは不良債権を低価格で買い取り、転売や債権回収で利益を得ることで、2割ほどの利ざやを見込むため、時には簿価のわずか数%で購入。

 

日本の金融機関側の担当者が、提示された額を見てあまりの買いたたきぶりに絶句したといいます。

 

一時は大手ヘッジファンドの巨額損失などを背景に本国からの買い指令がトーンダウンしていましたが、当時、地方銀行や信用金庫の不良債権処理が注目されはじめ、外資の投資意欲は引き続き高い水準で推移していました。

 

東京池袋の自社ビルに本社を置く不動産会社のオーナー社長は、昭和60年から数回に分けて、ビルなどを担保に大手信託銀行から計約21億円を借り入れました。

 

バブル後は資金繰りに行き詰まり、12億円ほどが返済できずに残っていました。

 

銀行と話し合い、平成10年5月から月200万円ずつ返済していくことで合意しましたが、ある日、銀行側から急に「債権を外資系投資ファンドに売却する」と言われたのです。

 

「裏切られた。200万円ずつの返済計画が決まったとき、銀行側は競売にかけたり、債権を売ったりはしない・・と約束していた。債権処理を相当あせっているようだった」

 

しかし、外資は月200万円でも十分採算が取れ、利益になるくらいの値段で買い叩いていたのです。

 

ある債権回収業者は「暴力団が担保不動産に賃借権を設定したり、不法に占有して実力で回収業務を妨害したりするのは日本独自の裏ビジネス。外資には示談金や和解金を払って解決する観念がないので、戸惑うのは無理もないだろう」

 

米国に本拠を置く大手不動産仲介会社の日本法人社長は「日米の情報開示に対する考え方の相違が、すれ違いの一要因でもある」と指摘し、「日本の場合は金融機関、特にノンバンクが誰にいくら貸しているのか必ずしも明確ではない。担保物件によっては、登記簿などに現れない部分があるのも否定できない」と語りました。

 

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